超激辛非国民ブログ

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大人こそ読むべき児童小説「モモ」

  世の中には優れた児童小説は無数にあるが、ミヒャエル・エンデのモモほど大人が読むべき児童小説はなかなかないだろう。

 ご存じない方のために概要だけ書いておくと、近代のヨーロッパ風の世界の田舎町が舞台で、主人公のモモという正体不明の少女がそこの住民ととても仲良く暮らしていました。

 ところがある日、謎の男が町の住人達にあなたは時間を無駄遣いしている、私の言うとおりに働けば時間を節約でき、豊かな生活ができると言って町の大人や子どもの時間を奪っていきました。その結果、モモの友達は笑顔を失いギスギスしていきました。その異変に気付いたモモが謎の男が奪った時間を取り戻す戦いを挑む、という内容です。

 

 この小説の何が凄いかというと、それまでこの田舎町の住人がマイペースで仕事を楽しんでやっていたのが、謎の男によって仕事がルーティン化されてしまい、ただ機械のように働くだけになってしまい、余っていたはずの時間が却ってなくなってしまったということです。

 これは、まさに現代資本主義を表しているのではないだろうか。確かに、現代はほんの数十年前からは想像もつかないようなことさえボタン一つでできることが増えました。買い物ですらネット通販で家にいながらできるようになったし、食事にしても冷凍食品などは電子レンジだけで食べられるようになりました。更に言うなら、洗濯だって洗濯機で自動的にでき、食器だって食洗器である程度は自動でできるようになりました。家事だけではなく、文章だってパソコンやスマホで書けるし、計算だって数字のボタンさえ打てば自動的に行い、しかも間違えません。

 しかしながら、それによって現代人は本当に豊かな生活を送れているのでしょうか?むしろ、現代のほうが人間は時間の余裕をなくし、労働のための労働をしているのではないでしょうか?そればかりではなく、見知らぬ赤の他人の些末な落ち度をネットで誹謗中傷したりという心の余裕すら失っている有様です。まさに、時間を節約すればするほど時間が無くなるというパラドクス状態になっていると言えるでしょう。そして、人間は機械のように無表情になって働かされているまさにモモの友達のようになっているといってもいいでしょう。余った時間をそんなことに使うことこそまさに時間の無駄でしょう。

 確かに、現代の生活は20世紀とは比較にならないほど便利で快適なものになりました。しかし、何かを得れば何かを失うのが世の常です。便利と快適と引き換えに、心の余裕と新たな文化芸術の想像力(創造力)を人間は失ってしまったのではないでしょうか?

 私は、モモにでてきた謎の男が資本主義を作り出しだ経営者や大株主のようにしか思えません。何でも合理化合理化で従業員を使い捨ての部品扱いをし、労働者から搾取した金を儲けるという構図は、謎の男がモモの友達から時間を奪っているのと全く同じに見えて仕方がありません。

 

 コロ助(新型コロナウィルス)の影響で世界の資本主義が揺らいでいる今だからこそ、全人類がモモを読んでいかに自分が謎の男にいいように時間を奪われていたかを見直すいい機会ではないだろうか?こんな作品を40年以上も前に世に出したミヒャエル・エンデこそまさに現代の予言者であると言っても過言ではないでしょう。

 

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