超激辛非国民ブログ

1億回閲覧されても絶対にテレビには取り上げられないブログです。読むと所謂まともな日本人様は不愉快になります。

東京吹き溜まりオリンピック

 昨年の東京オリンピックの問題がここにきて一気に噴き出してきた。元々、今回の東京オリンピックは最初から問題だらけであった。

 今、問題になっているKADOKAWAやAOKIの実に分かりやすいお代官様もそうだが、遡っていくと、コロナ禍の中で世界中のアスリート集めてコロ助を日本中にばら蒔くつもりとしか思えないという世論の声を無視した凶行じゃない強行開催(無観客にすれば大丈夫と思っていた無責任ぶりも含む)、開催前に起こった音楽担当の小山田圭吾障がい者いじめ発覚やロゴデザインの盗作問題、さらに森喜朗の相次ぐ女性蔑視発言といった関係者の人間性の問題、そして極めつけは原発事故の汚染水がほったらかしなのにも関わらずアンダーコントロールされているという安倍晋三の許されない嘘といった日本の恥でしかないものを見事に世界中に晒したわけである。

 

 それだけではなく、今回の東京オリンピックで生活が失われた国民だって存在するし、オリンピックの恩恵など何一つ受けていない国民の方が圧倒的に多い。

 オリンピックで生活を失った国民というのは、国立競技場の改装のために周辺の団地で生活をしていた独居老人などである。競技場改装のために終の棲家として細々と生活していた住民は高々何週間のイベントのためだけに住んでいた団地の取り壊しのために家を無理やり叩き出され生活の根幹を失った。高齢者に新たに家を探せといって簡単に家なんて見つかりなどしない。この高齢者たちが今どうしているかは不明である。

 そして、一番複雑なのは東日本大震災の被災者たちであろう。東京オリンピック2020は東日本大震災の復興を象徴するという建て前だったはずである。

 ところが、実際は復興どころか未だに放射能の問題で家に帰れない被災者も無数にいるし、生活も困窮している被災者も無数にいる。そんな人たちが、恵まれた環境とスポンサー付きのアスリートを見たところでどう思うんだ。少なくとも、アスリートを見習って自分も今から頑張ろうなんて殆どの人間は思わないだろう。いくら日本代表がメダルを量産しても壊滅した生活が元に戻るわけでもない。

 

 これだけでも、本来ならオリンピックやるような環境でないことなどわかるし、何よりコロ助がこれだけ世界中で問題になっているのにオリンピックなんてと思う方が当たり前である。特に、コロ助で失業した人間なんてオリンピックなどどこかのM78星雲の彼方の出来事くらいにしか思ってないだろうし、そんな金があるならコロ助失業者対策に充当しろというのが人情だろう。

 そんな状況下で強行開催された東京オリンピック2020などまさに太平洋戦争以来の日本の敗北の象徴ともいえるものであった。それらを踏まえて、東京オリンピック2020が開幕した7月23日を敗北記念日としたいと思う。