超激辛非国民ブログ

1億回閲覧されても絶対にテレビには取り上げられないブログです。読むと所謂まともな日本人様は不愉快になります。

鬼滅の刃の気持ち悪さ

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックス)

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックス)

 2020年10月16日よりヒットアニメ「鬼滅の刃」の劇場版が封切りされ、SNSなどでは上映された日から大きな話題となっています。

 初めに断っておきますが、鬼滅の刃の内容を云々(でんでんとは絶対に読まない)というわけではありません。そもそも、私は鬼滅の刃を読んだこともアニメを見たこともないし見たいとも思わないので批評などしようがありません。

 ここで書きたいのは、猫も杓子も鬼滅の刃鬼滅の刃となっていることに違和感を覚えていることです。

 ここ最近、コンビニやスーパーマーケットに行っても必ず鬼滅の刃を使った商品を見かけます。それはお菓子だったり日用品だったりもします。昔から、人気アニメを使った商品は掃いて捨てるほどありますが、これほど一つのアニメが使われているのを見たことがありません。プリキュアでさえこれほど関連商品はありません。これだけでも、普段なら買わないような商品すら買ってしまうことがいくらでもあるでしょう。或いは、鬼滅の刃ってそこまで売れているのかと思わせることにも使えます。

 これだけではなく、ある一週間でのコミックランキングが一位から十位まですべて鬼滅の刃だったことがありました。あのエヴァンゲリオンだってそこまでランキングは独占してなかったと思います。

 更に、アニメの主題歌の紅蓮華も大ヒット曲となり、カラオケのアニソンランキングも残酷な天使のテーゼを越えて一位になりました。YouTubeでもかなりのユーザーが歌ってみたで紅蓮華を歌っています。歌そのものはいい歌だと思います。

 映画も、まだ公開されたばかりなのに、もう大絶賛でラストが泣けるといったものばかりです。アニメ映画で泣くことはどうとも思いませんが、見た客が殆ど同じ感想を言っているのはかなり変だと言わざるを得ません。というのも、どんなに宣伝でどこどこは泣けるみたいなことを言っていても、評論家気取りでうんちくを垂れる者が必ずいるのですが、鬼滅の刃に関してはそういった意見が殆ど出ていません。また、主題歌の炎もYouTubeで公開されてまだ数日なのに数百万回再生されています。このペースでいくとピコ太郎の再生回数を簡単に越えてしまうのではないだろうか?

 

 ここまでくると、もはや単なるブームではなくエンターテイメントですら全体主義で楽しみましょうという風潮になってきているのではないかと思います。

 政治や経済ばかりでなくエンターテイメントまでみんなで同じものを狂信しましょうなんていったいどこの独裁国なのか。この現象を見ている権力者どもは、国民を騙すなんて朝飯前ですらないと高層マンションの高層階でさぞかし高笑いしているでしょう。日本には、鬼滅の刃以外にも面白いエンターテイメントは探せばあります。権力者が仕掛けたトレンドになんかに踊らされずにもう少し自分の意思でエンターテイメントを楽しんだり詰まらなければ批評をしませんか?

 

鬼滅の刃 #映画 #紅蓮華 #炎 #Lisa 

 

 

 

映画・人数の町に見る現代日本

 先日、中村倫也主演の「人数の町」という映画を見てきた。

 内容は、主人公の蒼山(中村倫也)が借金取りに暴行を受けていたとき、謎のひげ面の男が助けてくれた。蒼山がそのひげ面の男に誘われるまま行った町は、誰にでもできる簡単な仕事(SNSへの称賛や誹謗中傷の書き込みやデモのサクラや行列に並ぶなど)さえすれば最低限の衣食住は確保され、町民の社交場であるプールで男女が意気投合すればセックスすら自由という奇妙な町であった。しかし、その分町から出ることはできるが違う場所への引っ越しはできないという絶対的なルールはあった。

 蒼山がその町の生活に少しずつ馴染んでいったときに、妹を探しに来たという女性に出会う。ただならぬものを感じた蒼山は、一緒に妹を探そうとするが‥。というものである。

 こんな町が理想郷かディストピアととらえるかは今置かれた自分自身の状況にもよる。現在、年収数千万あって人生の春を謳歌しているなら、こんな町は絶対に行きたくないだろう。しかし、現在貧困にさらされている人間はおそらく明日にでもその町に引っ越したくなるだろう。何故なら、貧困層はその町の住人にも劣る生活を強いられているからだ。娯楽どころか、住む家さえなくてネットカフェを彷徨っていたり、毎日心身を喪失するまで働かされていたりしていたら、仕事のストレスも寝床の心配もしなくていい生活なんて夢のまた夢のはずであるからだ。

 

 それにしても、普通に考えたらこんな町がまともであるはずがない。そもそも、この町の住民は互いに名前さえ知らず、人隣りさえもわからないし、映画を見た限りでは、テレビや本や新聞といった出版物があるわけでもないし、映画や音楽やスポーツといった娯楽があるわけでもないし、衣食住とプールとセックスだけでは到底健康で文化的な最低限度の生活ができているとは思えないからである。言うなれば、餓死しない北朝鮮ソマリアみたいな生活であろう。

 

 しかしながら、こんな人数の町みたいな生活すらできていない人間が年々増やされているのが紛れもない現代日本の現実なのである。

 いったい、こんな国のどこが先進国なんだ。昨今のコロ助(新型コロナウィルス)で仕事はおろかネットカフェすらなくて路上に放りだされた貧困人間が無数にいるのに政治がやっていることは、一時避難所をどうしようかといった見当外れなことしかしていない。根本は、不安定な働き方や定住地がないという状況をなくすのが政治の役目であろう。

 

 この人数の町も見た人間によって考え方は全く違うと思うが、私はこの映画は現代社会の闇を抉り出す社会派映画だと思う。人数の町というタイトルも、社会の底辺ですらない人間でも一人一人全く違った事情があるが数字になってしまったら所詮は人数で片付けられてしまうという残酷な現実とう意味が込められているのではいるのではないかと思う。

 

 #人数の町 #中村倫也 #映画 #石橋静河 

 

ドナルド・トランプは、惨事便乗型資本主義(ショック・ドクトリン)のため今月中に死にます

 あの思い付き発言帝王のドナルド・トランプアメリカ大統領は、何故大統領選が差し迫ったこんな時期にコロ助(新型コロナウィルス)になど罹ったのでしょうか?普通は、コロ助どころかただの風邪さえひかないように細心の注意をするものです。コロ助に罹るのは些か不自然さを感じずにはいられません。

 

 そこで考えられるのは、トランプを大統領にした決して表には顔を出さない真の権力者が、トランプは用済みになったので、現在世界が最も恐れているコロ助に罹ったことにして殺せば誰からも怪しまれないのでこれを機に殺してしまおうと考えたのかということです。ただでさえ世界はコロ助にびびっているので、コロ助の名前を出せば普通に考えれば明らかにおかしいことでも簡単に鵜呑みにします。

 更に世界が注目するアメリカ大統領選で、現役の大統領がコロ助で死んだら、これ以上の衝撃はないでしょう。そうして世界中はコロ助により一層怯えるようになり、真の権力者はそんな惨事便乗型資本主義(ショック・ドクトリン)に則り、国民を監視する法案を次々に右から左へ受け流してしまうでしょう。特に、私のように勤務時間以外ではマスクをしないし勤務時間中のマスクだって命令で嫌々つけているだけな人間は真っ先に排除されるかもしれません。外出時にマスクをしない者は即射殺可などという法案が可決されればそうなります。そんな馬鹿なと思われるかもしれないが、ショック・ドクトリンというのはそんな馬鹿なことですら簡単に罷り通ってしまうのです。人間を権力者が思いのままにするには不安を与えて、さらに従わない者は見せしめにすることが一番効果的です。今は、コロ助さえ引き合いに出せば国民は権力者の言うことを何でも聞きます。間違いありません。

 

 トランプが死んだ後のアメリ大統領選がどうなるかなんて知ったことではありませんし、影武者疑惑があるバイデンが選挙なしで大統領になるのかどうかも分かりませんが、そうなっても大半のアメリカ国民は納得してしまうと思います。トランプもここ最近は支持率も下がっているので、アメリカ国民もトランプ以外なら誰でもいいという風潮になるでしょう。

 しかし、トランプもまさか21世紀になって最初の暗殺される大統領になるとは思わなかったでしょう。アメリカの大統領とて利用価値がなくなれば簡単に殺されるのだから、大したことはありません。そんな大統領ごときに尻尾を振って媚びへつらう馬鹿犬総理大臣なんてもっと雑魚ですね。

 

 追記 これはあくまで予想です。わかりやすく言うなら東スポの競馬予想のような」ものです。これを真に受けて具体的な損害を被っても一切責任を負いません

 

ドナルド・トランプ #バイデン #アメリカ大統領選 #新型コロナ・ウィルス 

 

現代人は何を食べているんだ

  スーパーなどの食品売り場に行くと、野菜や肉といった生鮮食品より冷凍食品や加工食品やインスタント食品の売り場スペースの方が遥かに広いことに気が付く。それだけ、現代人が食事に時間やお金をかけられなくなったということだろう。

 確かに、時間もお金も余裕がないその辺の貧困労働者にとっては、お湯や電子レンジで数分で食べられる加工食品などは非常にありがたいものではあるが、その中身を見ると、明らかに台所に置いてある調味料より、理系でなければ一生扱うことがないような化学薬品みたいな名前が羅列している。所謂添加物である。

 手軽さと時間短縮のためには添加物は欠かせないし、その恩恵を受けているのも事実ではあるが、どんなものでもメリットがあればデメリットのあることだけは周知しなくてはならない。

 メリットについては、今書いた通り時間と手間の短縮だが、デメリットは明らかにメリットを凌駕していることに気付いている者はどれ程いるのだろうか?

 

 まず、インスタント食品や加工食品というのは、簡単に言ってしまえば、糖分と塩分と油脂の塊である。砂糖や油や塩をそのまま食べる物などいないし、そんなことをすれば胸焼けどころではない。しかしながら、添加物を使えばそれらの物がいとも簡単に食べたり飲んだりできてしまう。その結果、糖分塩分油脂の過剰摂取になってしまう。そんな食生活が心身に言いわけがない。あっという間に生活習慣病まっしぐらである。

 それなら、そんなもの毎日毎食食べなければいいだけだと言うが、こういった食品は脳の働きを狂わせて下手すれば依存症にしてしまうように作られているのである。某スナック菓子のコンセプトでやめられない止まらないというのがあるがまさしくそんな状態にさせられるのである。

 

 人間の脳というのは、糖分塩分油脂を好むようにできており、生存のためには必要な成分なのである。食品メーカーは、勿論会社なので儲けなければならない。そのために、人間のそんな脳の働きを徹底的に研究して自社製品を何度も買わせるような商品を製造し、更に有名芸能人やスポーツ選手を広告塔にして商品を買わせるように消費者の購買意欲をそそっている。そこまでの企業努力は大したものだし、食品業界のレッドオーシャンぶりがよくわかる。

 

 だがそこには、消費者への健康面などは全く配慮はされてはいない。あるのはいかに消費者を薬漬け同然にして消費者から金を吸い上げていくかという資本主義の原則だけである。いわば、消費者は食品メーカーや添加物メーカーや広告会社の金儲けのための家畜として飼い慣らされているのである。こういった会社の経営者は自社商品を殆ど食べないという噂もある。商品の危険性を知っているからである。中には、故・安藤百福のように毎日カップヌードルを食べて90代半ばまで生きていたという人もいるが、そんなものはレアケースであろう。

 

 しかしながら、そんな食生活にならざるを得ないのが現代社会の病理の一つではある。貧困労働者ほど、経営者にこき使われ、心身ともに衰弱しきった状態になる。そんな状態で栄養素などを考えた料理など作る気力などあるわけがなく、そんなときに食べられるのがインスタント食品である。そうして、貧困労働者ほど、生活習慣病まっしぐらな食生活となり、食品メーカーや広告屋はたんまり儲けるという構図ができあがる。まさに悪魔の社業である。

 このままこんな食が続けば、人間は体の内側から崩壊するのではないだろうか?便利さや手軽さを追求し、達成した代償はあまりにも大きすぎる。

 

#食品 #依存症 #カップラーメン #CM #テレビ #

 

 

 

 

 

家族と自分を守る「安心な食品」の選び方 (単行本)

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食品の裏側―みんな大好きな食品添加物

食品の裏側―みんな大好きな食品添加物

 

 

ファシズムは明日にでも

 ファシズムの初期症状として、以下の項目があります。

 

① 強情なナショナリズム

② 人権の軽視

③ 団結のための敵国作り

④ 軍事の優先

⑤ 性差別の横行

⑥ マスメディアのコントロール

⑦ 国家の治安に対する執着

⑧ 宗教と政治の癒着

⑨ 企業の保護

⑩ 労働者の抑圧

⑪ 学問と芸術の軽視

⑫ 犯罪の厳罰化への執着

⑬ 身びいきの横行と腐敗

⑭ 不正な選挙

 

 ほぼ全部の項目が、現代日本に恐ろしいくらいに当てはまっています。

 

 ①については、ここ数年でやたらとニッポンのここが凄いだの世界から愛される国だのといった文章が目に付き、書店でも日本は世界一だのという見出しが躍り出ていて、更にテレビも毎日どこかしらの局で外国人が日本を褒めちぎる番組が放送されている。これを、強情なナショナリズムと言わずに何と言って良いのかわからない。

 

 ②については、元々日本は人権意識が希薄であり、天賦人権論すら知らず人権は権力者によって施されるものだと思っている。だから、犯罪者やホームレスなど道を踏み外してしまった人間に対して個人的な感情だけで人権なんていらないなどと言えるのだ。

 

 ③がここ数年の間で酷くなったものであろう。尖閣諸島竹島みたいな無人島などのどうでもいいもので自分の生活が脅かされているものでないものに敵意剥き出しでまるで親の仇の如く無理やり敵国を作っている。

 

 ④もまた安倍政権になってから露骨になった。何しろ、アメリカから何兆円もの税金を使って兵器を喜んで爆買いしているのだから。しかも、アメリカでは使われていないポンコツ兵器ばかりである。

 

 ⑤も昔からあることだろう。女ばかりでなく男だってかくあるべき云々(でんでんとは絶対に読まない)という決めつけがどれだけ人間を心理的に追い詰めているか。性同一性障害や同性愛者への偏見や差別も男なら女ならという観念から発生しているのは間違いない。

 

 ⑥も言わずもがなであろう。第二次安倍政権になってから、連日安倍大権現ばんざーい報道ばかり行い、公文書改ざんや国有地の不当払い下げといった民主主義を根幹から破壊するようなことをしても、民主党がもっと酷かったというでたらめなことを書いたり、安倍のバカ犬っころ評論家やバカ芸人ばかりをテレビに出し、ひたすら国民を愚民化させる内容ばかりを垂れ流し続けた。もはや、NHKをはじめ、殆どの新聞やテレビ局は自民党のバカ犬っころ広報に過ぎない。

 

 ⑦だって、最近やたらとドライブレコーダーだの監視カメラの強化だのと騒がれているのが治安の強化の執着であろう。大体、国家権力が治安治安とバカ騒ぎするのは国民が国家権力に逆らえないようにするためと相場が決まっている。

 

 ⑧はないとして、⑨も露骨である。それも経団連などの経済団体に加盟するような大企業だけを保護する。消費税の増税や派遣労働の職種の緩和などもすべて経団連の要請である。そうして、儲けるのは従業員や仕事を数字でしか見ない無能で鬼畜で強欲な経営者と働きもしないで配当金もっと寄越せと喚き散らす豚みたいな大株主だけである。

 

 ⑩も⑨から繋がっていることであり、たかだか一会社ごときに国家権力が飼いならされることで経営者や株主ばかりに有利な法律ばかりが制定され、労働者はますます社畜にさせられた挙句過労死や心身喪失というこれ以上ない悲惨な目に遭わされる。そして、政治よりも会社のことしか考えられなくなり会社が世界のすべてになってしまって、盲従的に権力者に迎合して隠蔽や粉飾決算を行ってしまい、自分だけが犯罪者となって人生を棒に振ってしまう。

 

 ⑪ももう行われている。研究費や芸術などの補助金は年々カットされている。特に、権力を皮肉るような内容の芸術については補助金どころか潰しにかかってきている。

 

 ⑫も現実化している。凶悪犯罪なんて戦前からいくらでもあるし、最近は年々減少傾向にある。にも関わらず、たまたま起こった殺人などを連日連夜放送してさもかし凶悪犯罪が増えていて、これを減らすには厳罰しかないというように愚民を誘導して国民総正義の味方月光仮面気取りに洗脳している。その挙句が、植田まさしの漫画レベルのいたずらさえ凶悪犯罪扱いする現代人の姿であろう。

 

 ⑬は言うまでもなく、自民党の政治家や安倍友はいくら犯罪を犯しても何一つ罰を受けないことだろう。

 

 ⑭はないと言いたいが、疑惑は数多く存在している。でなければ、選挙でのマスコミの当落予想が驚異的な確率で当たるとは思えないし、開票率0で当確なんて出ないだろう。ただ、証拠はない。

 

もはや、日本は名ばかり民主主義な野蛮国家と成り下がった。日本死ね

 

#民主主義 #自民党 #ファシズム #ナチスドイツ #ヒトラー

 

 

 

 

 

菅義偉政権の展望

 予想通りというべきか、自民党総裁選は菅義偉の圧勝で終わった。元々、最初から菅の次期総裁は決定事項で、一応民主的に選挙で決めましたという体裁を整えただけであることは明白である。岸田文雄石破茂は、まさにかませ犬であったといえよう。特に、党員票は採用しないというのは、党員に人気があった石破への露骨な嫌がらせでしかなく、何から何まで菅の圧勝のための筋書き通りに進んだだけの党内選挙であった。こんな党内選挙など、悪名高き実写版進撃の巨人はおろかデビルマンにも劣る。どうせ茶番劇なら、もっと徹底的にコントでもしろよ。少しはアメリカのプロレス団体WWEの台本や演出でも真似でもしたらいかが?

 

 さて、菅政権がの方針は「自助・共助・公助」となっており一見すると至極当たり前のことのように思えるが、これは政府が怠けることを宣言したも同然なのである。

 というのも、このスローガンは小泉政権からすでに自民がやっていたことだからである。小泉純一郎はこれを自己責任と言っていた。こう言っておけば、いかなる事情で生活困窮者になっても、政府は自助が足りないと言って門前払いにして生活保護をはじめとする社会保障を使えなくさせることを合法化できるからである。ひいては、日本国憲法25条の生存権の保障をしないという重大な憲法違反に繋がるのと同じである。

 その結果、市井(しいとは絶対に読まない)の生活は破壊され続け、巷に貧困層が溢れかえり結婚や家庭を持つという犬猫ですら当たり前にするようなことすらできない相対的貧困がもたらされた。そして、そればかりではなく、認知症や障害を持つ家族を抱えても国が自助でなんとかしろと門前払いした結果、家族間殺人が激増したり、生活困窮老人が衣食住の確保のために万引きやその他犯罪を犯して刑務所に入ったりしている現状がある。現に、今は刑務所も生活困窮者の比率が高くなっているという。

 そして今はコロ助(新型コロナウィルス)倒産や、コロ助失業者も溢れかえっているが政府はそういう人間を見殺しにして、アメリカや外資経団連のバカ犬っころしかやっていない。

 

 菅が総理大臣になるということは、そういったことをそのまま引き継ぐということである。そうして、行く末はアメリカや外資を儲けさせるためだけの増税や更にはありもしない近隣諸国の脅威を煽り立て軍産複合体を儲けさせるためだけにポンコツ兵器を税金で爆買いし、少子化を理由に年金や社会保障を削減し続け、富裕層でない市井は何もかも政治家に略奪されて丸裸にされてしまうのである。

 

 これでもまだ旧民主党より自民がましなのか?私も旧民主党は支持していないが、それでも小泉政権からの自民よりはましである。少なくとも、旧民主党は、公文書の改ざんやメディアの私物化などといった民主主義を覆すことはやってはいなかったので。

 

 書いててつくづく嫌になるが、書かずにはいられなかった。日本人は痛い目に合わなければ自覚しないというが、先の戦争で散々地獄を見てもたった75年でこんな有様でしかも自民を狂信するのだから、もはや救いようがない。憲政記念館で憲政の神・尾崎行雄が涙も枯れる思いであることは間違いない。

 

自民党総裁選 #菅義偉 #石破茂 #岸田文雄 #民主主義

 

尾崎行雄 民主政治読本

尾崎行雄 民主政治読本

 

 

 

大人こそ読むべき児童小説「モモ」

  世の中には優れた児童小説は無数にあるが、ミヒャエル・エンデのモモほど大人が読むべき児童小説はなかなかないだろう。

 ご存じない方のために概要だけ書いておくと、近代のヨーロッパ風の世界の田舎町が舞台で、主人公のモモという正体不明の少女がそこの住民ととても仲良く暮らしていました。

 ところがある日、謎の男が町の住人達にあなたは時間を無駄遣いしている、私の言うとおりに働けば時間を節約でき、豊かな生活ができると言って町の大人や子どもの時間を奪っていきました。その結果、モモの友達は笑顔を失いギスギスしていきました。その異変に気付いたモモが謎の男が奪った時間を取り戻す戦いを挑む、という内容です。

 

 この小説の何が凄いかというと、それまでこの田舎町の住人がマイペースで仕事を楽しんでやっていたのが、謎の男によって仕事がルーティン化されてしまい、ただ機械のように働くだけになってしまい、余っていたはずの時間が却ってなくなってしまったということです。

 これは、まさに現代資本主義を表しているのではないだろうか。確かに、現代はほんの数十年前からは想像もつかないようなことさえボタン一つでできることが増えました。買い物ですらネット通販で家にいながらできるようになったし、食事にしても冷凍食品などは電子レンジだけで食べられるようになりました。更に言うなら、洗濯だって洗濯機で自動的にでき、食器だって食洗器である程度は自動でできるようになりました。家事だけではなく、文章だってパソコンやスマホで書けるし、計算だって数字のボタンさえ打てば自動的に行い、しかも間違えません。

 しかしながら、それによって現代人は本当に豊かな生活を送れているのでしょうか?むしろ、現代のほうが人間は時間の余裕をなくし、労働のための労働をしているのではないでしょうか?そればかりではなく、見知らぬ赤の他人の些末な落ち度をネットで誹謗中傷したりという心の余裕すら失っている有様です。まさに、時間を節約すればするほど時間が無くなるというパラドクス状態になっていると言えるでしょう。そして、人間は機械のように無表情になって働かされているまさにモモの友達のようになっているといってもいいでしょう。余った時間をそんなことに使うことこそまさに時間の無駄でしょう。

 確かに、現代の生活は20世紀とは比較にならないほど便利で快適なものになりました。しかし、何かを得れば何かを失うのが世の常です。便利と快適と引き換えに、心の余裕と新たな文化芸術の想像力(創造力)を人間は失ってしまったのではないでしょうか?

 私は、モモにでてきた謎の男が資本主義を作り出しだ経営者や大株主のようにしか思えません。何でも合理化合理化で従業員を使い捨ての部品扱いをし、労働者から搾取した金を儲けるという構図は、謎の男がモモの友達から時間を奪っているのと全く同じに見えて仕方がありません。

 

 コロ助(新型コロナウィルス)の影響で世界の資本主義が揺らいでいる今だからこそ、全人類がモモを読んでいかに自分が謎の男にいいように時間を奪われていたかを見直すいい機会ではないだろうか?こんな作品を40年以上も前に世に出したミヒャエル・エンデこそまさに現代の予言者であると言っても過言ではないでしょう。

 

ミヒャエル・エンデ #モモ #小説 #資本主義 NHK100分de名著

#時間 #岩波文庫